プレーワーカーズに寄せて~ふたつのことはじめ~

特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会復興支事業援担当理事

天野秀昭

 

2011年3月11日、世界でも最大級の地震とともに東北、北関東を襲った巨大津波は、未曽有の被害を生みました。仙台の海岸線につくられた遊び場で活動していた私たち冒険遊び場づくりの仲間も被災し、丸2日、安否の確認ができませんでした。3日目にようやく取れた電話口で、そこのスタッフが叫びました。「子どもに遊び場が大事だって、全国に発信して!」。その声に押されるように4月3日、被災地に初めて足を運びました。国道を車で走っていくと急に視界が開け、見渡す限りがれきと化していたあの光景は今も瞼に焼き付いています。

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子どもには「遊ぶことを通じて自分で傷んだ心をケアする」、その力があることは、阪神淡路大震災の時に行った神戸市長田区での5か月にわたる遊び場づくりの実戦で、十分な実感、手ごたえを感じていました。想像をはるかに超えるつらい体験を、子どもは遊ぶことの中で表現し昇華していく、それが十分できる遊び場をつくりたい!

 

私たち、「特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会」は、子どもが生き生きと遊ぶことができる社会を目指して2003年に設立されました。冒険遊び場とは、こどもの「やってみたい」を保障するため、禁止や制約を極力なくし、多少のけがや失敗も含め、その子がさまざまな経験ができる環境をつくることを目指した遊び場です。2016年3月現在、全国に約400の活動団体があります。その多くは親や住民が主体となって運営されていますが、行政との協働で運営されているところも目立つようになってきました。私たちは、そうした遊び場づくりを推進するための団体です。

その私たちが、全国の遊び場づくりの仲間に呼びかけ、寄付を募り、今回の東日本大震災の復興支援事業を開始しました。これが最初の「ことはじめ」です。

今回も、阪神淡路大震災の時にパートナーを組んだ公益社団法人シャンティ国際ボランティア会と手を組み、気仙沼に拠点を置き、常設の遊び場(「あそびーばー」と命名)を開設しました。全国各地で働くプレーワーカーに応援を求め、交代で遊び場に詰めたのです。あそびーばーには子どもの歓声が響き渡り、地元の方が「子どもに野生が戻った!避難所であの子たちがどれだけ我慢していたかがよく分かった」と喜んでくださいました。お年寄りも「ここに来ると元気が出る。子どもの声はうれしい」と足を運んでくださいました。遊び場を開設した当初は荒れていると感じていた子どもの気持ちも、次第に落ち着き穏やかなものとなっていきました。今ではあそびーばーは、子どものみならずお年寄りの集う場所としてもにぎわい、地元の方々が運営を引き継いでいます。

 

私たちの活動をブログで目にとめた企業が、支援を申し出てくださいました。アメリカンエクスプレスとビクトリノックスです。そこで、それぞれ1台ずつプレーカーを提案しました。プレーカーとは、遊びたくなるキットを満載した、えらく目を引くペイントをされた軽自動車です。気仙沼の遊び場は常設なので、その地域だけに活動がとどまります。途方もなく広大な被災地に、少しでも子どもが遊びを通した心のケアをと考えた時に、移動遊び場、遊び場の出前、そうしたことができないかと考えたからです。

こうした一連の動きに、復興庁と日本ユニセフ協会が大きな手を差し伸べてくださいました。

復興庁が「新しい東北」先導モデル事業に認定してくれたことで、プレーワーカーを育成するための「遊育プログラム」開発を行うことができました。このプログラム参加者がのちの東北オフィスを構成(神林・廣川・塩田)し、また被災地域各所で子どもの遊びの支援ができるスタッフを生み出すことに繋がりました。

日本ユニセフ協会はさらに2台のプレーカーを追加し、その運行をスタッフ(プレーワーカー)の人件費ともども保障してくれることになったのです。「東北オフィス」の誕生です。プレーカーの運行を始めとした復興支援が速やかに行えるよう設置した、私たち協会の初めての地域拠点でした。

 

子どもの発達や成長にとって不可欠である「遊ぶ」体験は、被災した子どもにだけ必要なわけではありません。食べないと体が死んでしまうように、遊ばないと心が死んでしまいます。しかし、東北での活動を通じて気付いたのは、震災の以前から東北の子どもも全国の子ども同様に遊んではいなかったということです。

東北オフィスは、2016年4月1日より「一般社団法人プレーワーカーズ」として独立し、被災の有無にかかわらず、子どもの暮らしの問題として豊かに遊ぶ環境づくりを推し進めていこうとしています。私たち協会に寄贈していただいたプレーカーは、そのための重要なツールとして、新団体に引き継ぎます。

震災から1年たったころ、「子どもに遊び場がない」と気づき、多くの方々が東北の各地で遊び場づくりを開始しました。そうした声を受け、東北オフィスも大いに協力してきました。しかし、あれからさらに時がたち、復興していくことでまた遊ぶことのない日々が戻ってきているように感じています。それはあまりにも残念なことであり、子どもにとっては残酷なことでもあります。子どもにとっての復興とは、生き生きと遊ぶことができる環境以外の何物でもありません。みなさん、プレーワーカーズとともに、ぜひ、子どもにとっての「新しい東北」を築き上げてください。これが、ふたつ目の「ことはじめ」です。私たち日本冒険遊び場づくり協会も、お手伝いいたします。

復興への道は、まだ緒に就いたばかりという感もあります。被災された皆様の健康とご多幸を願うとともに、今後とも積極的な応援を、どうぞよろしくお願いいたします。

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